歯車

からからぐるぐる

2016年8月20日(土)

 twitterで何度も書く書くと言ってい置きながら長らく書かずいたレスタミンODについて書きます。前期試験やら体が一日中しんどく動けない日が多かったもので.....言い訳ですね.....すみません。

 文章書くのが苦手でダラダラとした文になりそうなので結論だけ先に書きます。

 

 結論 : レスタミンODはお勧めできません。

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 さて、私がODしたのは7月上旬の日曜日の夕方です。その日は午前中まで実家にいました。土曜日に実家近くの歯医者に行くことになっており、歯医者が終わり次第帰宅するつもりだったのですが、引き止められてしまい一泊した次の日の事です。

 日曜日の朝、私は母に髪が長いことを指摘されました。私の頭はつむじが二つあり、軽くパーマを当てたようなくせ毛です。始めて行く床屋では大抵、目も当てられないような髪型にされます。その日は普段行く美容室の予約を取っていませんでした。

 すると、こう言われました。「じゃあ別の床屋で眉だけ剃って来たら?」

 聞けば弟はその床屋に通っていて腕は確かとのこと。

 私は短髪にされることが嫌であっただけなので、眉くらいどうでもいいや と思いました。前髪が長いので剃っても剃らなくても、どうせ見えないと思ったのでした。

 少し遠いので車で送ってやると言われたので、連れて行ってもらいました。到着すると、私は外に貼ってある料金表を見ました。

 

 カット ¥****

 カット+眉剃り ¥****

 毛染 ¥****

 

ん?眉剃りだけって、ない。。。。

 

 その旨を言うと「長さ変えずに切ってもらえばいいじゃん」とのこと。

 嫌な予感がしました。女性は殆ど髪の長さを変えずに切って貰えたりすることがあるようですが、私は床屋でそんな経験はありませんでした。初めての床屋には入ったが最後、どんな注文をしようが悲惨な末路が待っているのです。

 ある床屋では「短めに」と言ったらいきなりバリカンを当てられて坊主頭にされました。また或る床屋では「長めに」と言ったのに刈り上げられてしまいました。

 しかし、もしかしたら、ここが当たりになる可能性もあるのです。意を決して入店し、「長さを変えずに切ってください。梳く感じでお願いします。」と。

 結果は惨憺たるものでした。前髪は長いまま、しかし毛先は定規を当てたかのように切りそろえられ、前髪以外の部分は切る前より6cmは短くなっていました。完全に修復不能です。

  落ち込んで店を出ました。

 さすがにイライラしてしまったのか、帰り道、親と進路の事で大喧嘩しました。

 普段から死にたい死にたいと思い、腕を切り足を切り、ブロンをじゃらじゃら飲んでいる私です。+αのストレスに限界が来ました。

 実家から下宿へ帰る電車の中で飲酒し眠りました。周りの視線が怖くて怖くて、素面での行動は不可能でした。

 下宿に着いてからも酷い絶望感に襲われていました。こんなにたくさんの苦しみのある世の中で生きていく意味があるのだろうか。生きるよりも死んだ方がマシではないのか。こんな事になったのも神様が死ぬきっかけを作っているからではないか。神様から死ねと言われてるのでは。etc....次から次へと死ぬ理由が思いつきます。

 死のう。と思いました。この時点で完全に冷静さを失っていました。

 引き出しをひっかき回すと一番最初にレスタミンを見つけました。twitterには40Tと書きましたが、実際はそれ以上あったと思います。まだ1回10T程度で2,3回使っただけだったので100Tか90T残っていたはずです。

 残りをすべてビールで流し込みました。冷静に考えて100T程度で死ねるわけないのです。でもその時は死ねると思っていました。冷静ではなかったのです。

 1時間は何の変化もありませんでした。 

 しかし、1時間を過ぎたあたりから、なんだか目に映るものが傾き始めました。それと同時に中途半端な眠気がやってきました。でも眠れないのです。どんな姿勢でいてもとても苦しいのです。苦しくて苦しくて、たまらないのです。呼吸をするだけでも体力が失われるのを感じます。視野が極端に狭くなり、それでいて、電灯がとても眩しく感じられます。耳鳴りが酷く、頭痛もします。........いつの間にか床で意識を失いました。

 1時間は経ったでしょうか。目を覚ましました。非常に苦しいものの、床に倒れていると少しはマシになったような気がします。どこかで話し声が聞こえます。聞いたことない人の声がさざ波のように大きくなったり小さくなったり、息が苦しい。。床に耳を付けているので階下の人の話し声も聞こえます。しかし、その声は異常なほどの大きさで聞こえ、頭の中で無限に反響します。

 しばらくすると、階下から私を呼ぶ声がします。私は祖父母の家に下宿しています。夕食の時間であることを知らせるために呼んだのです。

 ああ、苦しい。。でもODバレて騒がれたら面倒だ。最悪の場合、救急車が呼ばれかねない。バレるなら死んでからの方がいい。。。。

 素面を装って食事を摂りました。最後の精神力を振り絞りました。味覚もおかしくなっていました。何を食べても苦いのです。化学物質のような、なんとも形容しがたいケミカルな苦さでした。

 食事の席で祖母が私に話しかけました。霞んだ頭で理解し、返事をしようとしました。文章を最後まで話せませんでした。最初の一単語は普通の声量で話せるのですが、それに続く単語達をはっきりと話せず、どんどん声量が落ちていき、文章の最後には呟くような大きさになってしまいます。さらに、その呟くような声を聴きとって貰えたとしても、私には会話が続けられませんでした。直前の記憶が一瞬で消えてしまうので、会話の流れが全く分からないのです。.....食事中の記憶が途中で消滅します。

 気が付くと、シャワーを浴びていました。水温に対すろ感覚が鈍くなっているのか、シャワーを浴びても、とても寒く感じました。ひどく疲れていました。吐き気がだんだん強くなってきました。体に力が入らないので、ふらふらしながら自室に戻りました。

 もう、体力の限界でした。ベッドに倒れ込み、AM5時頃に目を覚ましました。熱があるような気持ち悪さを感じますが、大学に行かなければならないので、無理やり起き上がり、パンを焼きました。食欲はゼロでしたが、昼休みに昼食を摂る習慣がないので朝を抜けば24時間断食することになります。学食などに行くのは人が多いので極度に苦手なのです。朝食には、やはり、ケミカルな苦みが。。。。コーヒーは本来の苦みとケミカルな苦みが重なり、非常に危険な飲み物になっていました。

 そんなこんなで、ふらつきながらも大学にたどり着き、1時間目の授業中、ブロンの入った頭で、今回のブログを書くことを思い付き、レスタミンODのメモの講義中に書きました。1か月以上前の事を鮮明に思い出せるのはそのためです。