歯車

からからぐるぐる

今まで。概略。

 大学生になるまで、私は自力での収入源を持たなかった。親とは不仲であり、常時敵対し、冷戦状態にあったので小遣いを貰うようなことも殆どなかった。親戚の誰かが気まぐれに与えてくれる金銭だけが頼りだった。従って1年の大半は困窮しており、黒い小銭入れの中に銀色の100円玉がピカピカ光っていると、それだけで心にゆとりができた。お札を持つ事が稀であったので長財布は不要であった。お金が必要な時はジャムの空き瓶に貯めた小銭を何枚か、小さな小銭入れに仕舞ってから出掛けた。

 

 私の通っていた学校では校則でバイトが禁じられていた。高校の時にクラスの誰かがバイトをして、廊下で激しく怒鳴られていたのを覚えている。後で伝え聞いた所によると、学校からさほど遠くないホームセンターで働いていた所に偶然、教員が来店し、その場で捕まったそうである。現行犯とあっては如何な狡猾な人物であれ逃れる事は難しい。その場で退職させられたという。

 

 その話を聞いた当時、私はワザと捕まったのかと思った。ワザワザ露見しやすい場所で働き、捕まる。それによって高校生と言えども金銭的に困窮していることを身を挺して、教員達に知らしめたかったのではないかと。校則の変更を自らの行動で求めたのではないかと。教員の怒鳴り声が聞こえてくるたびに、負けるな、抗え、自らの信ずる道を行け、と心中エールを送っていた。しかし、数日後、その人が仲間内で「ばれちゃった」と半ば冗談の様な調子で言っているのを耳にし、私はひどく残念に思った。

 

 学生である事を辞める訳にもいかなかったので、当時はとにかく貧乏だった。往復たった240円の電車賃が払えない為に遊びの誘いを幾度も断った。断って断り続けるうちに誰も誘わなくなった。付き合いで~などという事も不可能であった。駅の忘れ物市で格安で買ったWalkmanで部活帰りの土曜日にAVANTIというラジオを聴き、日曜日には福山雅治のtalkingFMを聴くのが数少ない楽しみであった。

 

 しかし、貧乏しながらも、本や雑誌、辞書や問題集、新聞は部屋に大量にあった。理由は2つある。1つ目の理由は簡単で、近所の図書館でたまに、ボロボロになった本や3年ぐらい前の雑誌などを市民に無料で渡しているからだ。図書館のカウンターから見えない位置にそれらの本が山積みになっていた。[1人5冊まで]などと札が掛かっていたような気がするが、人の少ない時を見計らって、詰められるだけ鞄にギッチリ詰め込んで、自室に運んでいた。配布期間中は何度もそれを繰り返した。田山花袋船橋聖一など良い本もたびたび見つかった。(勿論本当はダメ。ルール違反。申し訳なく思っています。)当時は殆ど勉強せず、ひたすら読書をしていたので、100冊程度ならすぐに読み終わった。

 

 当時は一種の活字中毒で、文字が書いてあれば何でも読みたかった。図書館から掠め取った分では到底足りなかった。地元の図書館は常に制限いっぱいまで借りていたし、学校の図書室司書は私が毎日本を借りに行くものだから、芥川賞だとか直木賞受賞作品があると、棚に出さずにカウンターで止めておいて、私が最初に読めるようにしていてくれたし、冊数制限を超えていても貸し出し許可を出してくれた。

 

 しかし、当時の私はまだ足りなかった。そこで、学校の廃品回収倉庫に目を付けた。以前から教員がそこに古い資料などを捨てているのを見ていたからだ。

 ある日の放課後、部活をサボって、倉庫に行ってみた。南京錠がぶら下がっていたので一瞬、ダメかな、と思ったけれど、鍵が外れたままぶら下がっているだけだった。難なく侵入し、紐で十字に縛られたプリントの束をいくつか除けると、素晴らしい鉱脈が眠っていた。

 

 数日前から数週間前の新聞。蛍雪などの学校らしい雑誌。おそらく教員用の問題集、問題の作り方CD-ROM付き。辞書。大学受験過去問。etc.....

 中でも最高の物は、成績表の書き方。

 これを読んでいる人の中にひょっとしたら心当たりがある方がいるかもしれません。成績表の「普段の様子」などで生活態度を書かれる欄をご存知ですか。

 そのマニュアルがありました。例えば「特に成績に特徴のない子」用「目立たない子」用「どうしても書けない時」用、要するに全てのパターンのマニュアルです。教員が一人一人の生徒の動向をしっかり見れるわけがないのです。これを見つけた時、1mmたりとも教員の書く成績表が信用できなくなりました。余りにマニュアル通りだったので。

 

 まあ、信用はともかくとして、私は図書館と学校のおかげで貧乏ながらも活字で満ち足りた日々を過ごしていた。部活をサボりながらも部活(剣道)で団体戦1位になったし、奇跡的に昇段審査も受かったし、それなりに充実した。

 

 最後に、私の就職先を左右したことについて。大学でこそ殆どボッチだが、高校の時は親しい(勿論これは、一方的にかもしれない)友人がいた。彼がc言語の本を学校に持ってきていた時は本当に羨ましくて、私も何かしたいという気持ちで一杯になって、amazonで10000円位(全部小銭で払った)のパソコンを買った。ドットインストールを写しながらhtmlをカタカタ打っている内に、本当に「没頭」という言葉を体で理解した。大学に入ってからはプログラミングと同時に哲学も好きになって、もっぱら哲学書ばかり読んでいた。哲学の一欠けらでも触れれば死んでもいいと思っていた。しかし、いざ就活となると、哲学では仕事がない。私は訳も分からぬままit系を受けた。どこの企業でも1次で落とされることはなかった。私は中小企業ばかり受けたからだ。私は田舎を離れたかったので東京の企業ばかりうけた。露骨に大阪弁で話せばそれなりにウケた。しかし、親の反対があった。反対を押し切ることは難しかった。断ることは難しかった。結局関西で仕事を見つけ、内定を受諾した。

  

 意志薄弱者は私の様な末路になるかもしれない。自分の好き嫌いをハッキリさせていきて行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

ぐちぐち

 田舎暮らしは楽しい。都会暮らしも楽しい。しかし、中途半端は楽しくない。

 

 中途半端で田舎とも都会とも言えない場所。特にどっちかというと田舎。とても面白くない。今私が住んでいる所の事である。

 

 最近、TVを観る機会があり、ぼんやりと観ていた。田舎をふらついて食事をしたり、観光地を見たり、まあ、よくある類のです。これを観て、私は「ああ、こういうのも悪くない」と思った。本当の田舎。田畑が広がり、山や川は周辺の人々が自由に使える(もちろんマトモな範囲で)。自然が広がり、人々は暖かい。

 

 私の住む、中途半端な田舎は違う。地面はアスファルトで覆いつくされ、空き地や山などは私有地で立ち入り禁止、近所のドブ川に釣り糸を投げ込めば白眼視され、パチンコやジムは老人会と化し、川の近くで焚火をすればパトカーがやってくる。

 

 私はtwiterで田舎は嫌いだなどと書き散らかしているが、こういう類のが嫌いなのだ。昔住んでいた新潟は(地域によると思うけど私がいたド田舎は)とても好きで今でも行きたいと思う事がある。

 

 住む場所は極端な田舎か大都市の方が良い。中途半端が一番良くない。

書きながら、愚かで馬鹿で救いようがないと思ったけれど、最近思った事です。

 

 

最近の考え事

 ここ数か月私の生活はとても単調だ。酔って、寝て、翌朝も特にこれといったことはなく、講義があれば大学に行くし、バイトがあれば働くこともあるけれど、それ以外はただ空白の時間を浪費している。日に一度ほど「とても単調だけど健康的な生活だ」などという思いが脳裏を掠めるけれど、その思いすら単調に繰り返される。しかも、ほとんど毎晩酒を飲むので、完全に健康的とも言えないのである。

 こんな日々を過ごしていると、空気と時間と肉体がぐにゃぐにゃに曲がり、混ざり合ったような感覚が脳全体を支配し始める。酔っている私は働いている私であり、働いている私は眠っている私である。こうなると一種の境地に達したかのように錯覚する事がある。バイト先で理にかなわないクレームを受けても、真面目な顔、唇をグッと閉じて「申し訳ございません」。これは殆ど反射で、その実、何も考えてはいないのである。何かで怪我をしても痛みという感覚は頭の中を通り過ぎていくだけで、私は何の感想も抱かない。わざとらしく「痛っ」と言ってみて、言わなきゃ良かったと後悔する。コレが起きたらアアすると決まっているだけの話で、私が機械と違うのは酒を飲むという一点においてのみであり、私の習慣となっている飲酒が人間としての私の命綱となっている。

 しかし、人間として生きていたくば、人間らしい活動を増やすことは必須である。酒がなければ生気がないという現在を変えてみたい。要は何か絶対しなければならない事以外に自分で作った楽しみなり、目標なりが必要である。

 季節の変わり目は精神が不安定になりがちだけど語学で気を紛らわすことが出来ると書いたのは誰だったか。木田元だったか。坂口安吾も語学の勉強で云々書いてた気がする。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶのである。私も語学を始めるべきか。

 しかし、私は意志薄弱で物事を続けるのが困難だから宣言効果みたいなのを使う方が良いかもしれない。SNS上に今日やる事、出来たことなどを書いてみようか。

 

 最近はこんな事ばかり考えてしまいます。

 

最近

私は堪え性というか、ある種の忍耐力がない人間なので、「あ、これはダメだな」思ったら、物事を放棄しがちな人間である。
例えば、某回転寿司チェーンにバイトで応募し、受かったので、研修(無給)に行く事になった。研修とはいえ、時間を使わせといて無給というのはなんとなく腑に落ちなかったけど、社会とはそういうものだと考えて、普通に行った。
行った先では矢鱈と分厚いマニュアルを見せられて、「これを覚えてない奴は怒鳴る事がある。俺はよく怒鳴る男だ」とか言われて、一気に働きたくなくなった。その他には、求人票には2週間ごとにシフトを提出とあったのに、実際は3ヶ月ごとだという事が発覚した。とても嫌な感じがした。
研修後、着替えの為に控え室に戻ると、高校生がたむろしていて、お互いの悪口を言い合う事で親睦を深めるという理解不能な文化が発生していた。のみならず、その罵倒大会には社員も参加していた。
なるべく避けようと思っていたけど、会話が私に回ってくる事になった。
高校生「俺の志望校〇〇大学なんすよ」
社員「今度来るばく君は〇〇大学やで」
高校生「えー」
社員「なんか聞きたい事あったら聞いときや」
以降、余りに不愉快につき、省略。。

とにかく、私はそのバイトを辞めることを決意した。研修の翌日、従兄弟を引き連れ、制服を紙袋に詰めて、回転寿司に向かった。
従兄弟達には外で待っていてもらい、私はレジに特攻し、店長を呼び出した。
出てきた店長に「無理です。辞めます。」制服を突き返した。ハキハキと言えた自分に驚いた。
店長は「マジかよ」の一言と共に奥に戻った。
その後、勇気をくれた従兄弟達に、本屋で奢り、喫茶店で奢り、その他諸々、欲しいというものを全て奢った事は言うまでもない。



それと似たことを近々します。今度は研修どころではない。2日働いた所で、制服を突っ返します。次のバイト先が決まったらですが……

2017年6月7日(水)

 就活が苦しい。

 有効求人倍率が上がろうが自分に対する恩恵がなければ意味はないし、そういう意味では今でも氷河期だと思っている。

 しかし、私が苦しいのは完全に私のせいであって、社会は全然悪くないし、実際求人倍率は上がっているらしいし、一人で氷河期を味わっている。

 いろいろしておくべきだったのだと思う。企業研究とか業界研究とか、学内セミナーに行くとか、まあ、様々な下準備をする時間はあったと思う。

 

 それを怠った。しなかったし、行かなかった。当然の結果。

 

 就活を始めた時期は悪くなかった。3月中ごろから始めたから、やや遅れ気味とはいえ、決して手遅れではなかったと思う。

 致命的だったのは、予定を漠然と立てていたこと。全てが曖昧であったこと。志望職種もはっきりさせず、ただ、内定さえ取れれば良いという考えだったこと。

 「就活の一幕」というタイトルで書いたような微妙な会社に応募したり、住むあてもないのに、引越し費用の算段も出来てないのに、東京の会社に行きまくって、せっかく、最終面接まで行ったのに選考辞退する羽目になったり。。

 

 まあ、その無計画な行動も私が勝手にしたことだから、私が悪い。

 

 結果、今に至る。目ぼしい企業は説明会が終わり始めている。選考が終わっている企業もある。手遅れ。手遅れ。手遅れ。

 

 

 そのうち、全部終わるのかな。。。

 

 いや、明後日面談のお願いした企業、全然連絡返してくれないな。連絡は届いているはずなのに、向こうから日付を選ぶように言ってきたのに......からかわれたのかな...それとも、もう、終わってしまったのかな。。。

たまには…

身近なストレスってよく考えたら沢山あって、外出時に家の鍵閉めたかどうか思い出せなくてずっと気になってしまったり、電車乗ってる時に人とぶつかったりするとヒヤヒヤするし、歩いてる時に財布とか落としたんじゃないかと気になったり、数え上げるとキリがない。

でも、そういうストレスも簡単な行動によって多少は減らせるかもしれないし、それによって行動が変わってくることもある。

実際、1つの行動が複数の行動を変えることはあって、例えば私の場合、ストレスのかかる実家だと1日か2日でボトル1本飲んだ挙句、1日中無気力になったりするけど、東京行くと1日ビール1本ぐらいでセーブできたり、休肝日作って、ストレッチしたり、毎日外に行って就活したりするようになる。

逆から考えると変えない限り変わらないので、ストレス下であっても、アルコールとか精神薬などをキックにして、とにかく動きを起こしてみるのも、たまには必要なのかなとか、山科から京都の長いトンネルの中で思いました。

2017年6月5日(月)

 勇気がない。勇気が出ない。もともとかなり臆病な方だし、具体的に言うと、中学生ぐらいまではよく泣く方だったし、あまりに泣きすぎて、泣くと目立つので、イジメすら自然消滅した。そういう時は司馬遼太郎とか柴田錬三郎など強い人間が出てくる本を読んで精神的支柱にしていたのだけど、大学生になってからお酒を覚えた。

 今では、アルコールが勇気の源になっている。

 アルコールがないとメール1つまともに書けない。twitterでリプライを送ることもほとんどない。外に出る事すら躊躇してしまう。怖い。何が怖いかというと、私の行動が原因で、嫌われたりする恐れとか、その結果攻撃されたりとか、その他諸々に恐怖がある。

 宗教を支柱にするという手もあるけど最終手段みたいなので、まだ狂信的にはならない。

 難しいものだ。人生は。思った通りにならないどころか正反対の方向から襲ってくるのだから。まあ、私だけでなく、社会に出ているいろんな人も同じような苦しみを味わっているかもしれないので、私ひとりじゃないと思えば気が楽、と自分に言い聞かせて今日は生き延びました。